かんたん世界歴史人物評

世界史(中国史を除く)に登場する様々な人物を完全主観で評価。かんたんに世界の歴史人物をチェック!

 

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ペルディッカス


Category: アルバニア・ブルガリア・マケドニア
ペルディッカス 能力データ
魅力 6 / 統率力 7 / 戦闘力 7 / 政治力 6 / 知力 6

紀元前335年、ピリッポス2世の暗殺に乗じてマケドニアに対して武装蜂起したテバイとの戦いで、陣営警備の任に当たっていた時にペルディッカスはアレクサンドロス3世の命令を待たずに敵の防柵に攻撃をかけ、他の部隊もそれに加わって大規模な戦いとなる。ペルディッカスはテバイ軍の前哨部隊を撃破したが、敵の第二陣への攻撃の際に負傷し、後方に移された後、テバイは陥落した。又、アレクサンドロス3世の北伐にも参加し、王の指揮下でグラウキアスとクレイトスを夜襲して破る。
ペルディッカスはアレクサンドロス3世の東征に参加、グラニコス川の戦い、イッソスの戦い、ガウガメラの戦いといった主要な会戦で重装歩兵部隊を指揮。又、ソグディアナやインドでは別働隊を任されるなど、王の信頼篤い重臣の一人でもあった。ヒュダスペス川の戦いでは騎兵の一隊を率いて別働隊と共に他のマッロイ人の町に分遣され、町を放棄して逃げた敵に追い討ちをかけて多数を殺傷。そしてヘファイスティオンが病死した際にはヘタイロイの指揮官の地位を引き継ぎ、同時に千人隊長の任に就く。又、同年スサにて開催された集団結婚式でメディア太守でペルシア貴族のアトロパテスの娘を娶る。

ペルディッカスは臨終のアレクサンドロス大王によって印綬の指輪を渡され、王の死後に開かれたバビロン会議では主導権を握り、王の遺児でまだ生まれぬロクサネの子(後のアレクサンドロス4世)の暫定的な後見人、摂政となり、帝国の実質的なトップの座に就く。その際、ペルディッカスはアレクサンドロス3世の異母兄弟のアリダイオスを推す歩兵とそれに迎合した武将メレアグロスとの騒動で一時は殺されそうになるが、騎兵と他の諸将の支持を得て歩兵達を説得して和解し、アリダイオスを王としてロクサネの子が男子ならその共同統治者とし、共にロクサネの子の後見人になることにしてメレアグロスとも妥協、難なきを得る。しかし、その直後にメレアグロスを殺害、ライバルを減らした。
その後、ペルディッカスはバビロン会議で未だ征服されぬカッパドキアを割り当てられた盟友エウメネスの為にカッパドキアへと遠征し、同地の王アリアラテス1世を滅ぼす。又、自らの勢力の安定化の為、重臣アンティパトロスとの連携を目論み、彼の娘ニカイアとの結婚を申し出たが、ペルディッカスを自分の側に引き入れようと考えたアレクサンドロス3世の母オリュンピアスは、自分の娘クレオパトラとの結婚を勧める。そこでペルディッカスは一旦アンティパトロスの娘と結婚し、直ぐ離婚してクレオパトラと結婚しようとした為、アンティパトロスはそれに怒り、彼に警戒心を抱いていたクラテロス、プトレマイオス、アンティゴノス1世らの諸将と共に対ペルディッカス同盟を結び、戦争の運びとなる。

ペルディッカスは小アジアに味方の諸将を配置しつつ、そこでの戦いをエウメネスに任せ、自身はプトレマイオスを滅ぼすべく軍勢を率いてエジプトに向かったが、ナイル渡河に失敗。落胆した兵士達によって反乱が起こり、部下のペイトン、アンティゲネス、セレウコス1世らによって暗殺された。



テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学


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