かんたん世界歴史人物評

世界史(中国史を除く)に登場する様々な人物を完全主観で評価。かんたんに世界の歴史人物をチェック!

 

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アレクサンドロス3世


Category: アルバニア・ブルガリア・マケドニア
アレクサンドロス3世 能力データ
魅力 10 / 統率力 10 / 戦闘力 9 / 政治力 7 / 知力 8

アレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)は、マケドニア王ピリッポス2世とエペイロス王女オリュンピアスの間に生まれ、王に招かれたアリストテレスが家庭教師となる。
紀元前338年、一軍の将として父に従ってギリシャ地方に出兵、初陣であるカイロネイアの戦いでアテナイ・テーバイ連合軍を破る。父ピリッポス2世が暗殺されると、20歳の若さでマケドニア王を継承。敵対者を排除してマケドニアを掌握し、トラキア人と戦う為にイストロス川方面に遠征して成功を収め、その隙に反旗を翻したテーバイを破壊、父王暗殺後に混乱に陥っていた全ギリシャに再び覇を唱えた。アレクサンドロス3世は、父の遺志を継いでペルシア東征に出発。

小アジアに渡ったマケドニア軍3万8千はグラニコス川の戦いで小アジア太守の連合軍4万と対峙。この時派手な甲冑を身に纏っていたアレクサンドロス3世は騎兵の先頭に立ち、自ら馬を駆って突進すると敵将ミトリダテスを投げ槍でしとめた。この印象的で鮮やかな勝利によって味方将兵の信頼を得ると共に、敵に対しては計り知れない恐怖心を与え、カリスマ性を帯びたアレクサンドロス3世に率いられるマケドニア軍は小アジアに駐屯するペルシア軍を蹴散らしながら東進を続ける。遂にアンティオキアの北西イッソスにおいて ダレイオス3世自らが率いるペルシア軍10万と遭遇(イッソスの戦い)。騎兵と近衛兵、徴募兵を縦横無尽に指揮してペルシア軍を敗走させ、ダレイオスの母・妻・娘を捕虜にした。このときペルシアから和睦の申し出を受けるが、これを拒否し更に進軍を続ける。
アレクサンドロス3世はシリアにおいては反ペルシアの都市が比較的多かったため歓迎され、頑強に抵抗したフェニキアを屈服させると、南下してエジプトに侵入。エジプト人に解放者として迎え入れられたアレクサンドロスはファラオとして認められ、その後ナイルデルタの西端に都市を建設したが、これが現在のアレキサンドリアの起源である。
エジプトの地で将兵に充分な休養と補給を施したアレクサンドロス3世は、ペルシア王国への遠征を再開。
アレクサンドロス3世軍4万7千は、チグリス川上流のガウガメラで20万とも30万ともいわれたダレイオス3世指揮下のペルシア軍を破る。ペルシャ王国の中枢に乱入したマケドニア軍はバビロンやスーサの主要都市を略奪、ペルセポリスでは一般民衆に対しても凄惨な虐殺と強姦が繰り広げられたうえ、徹底的に破壊して焼き払った。翌年、ダレイオス3世が王族で側近であったベッソスによって暗殺されるとこれを攻め滅ぼし、ダレイオスの遺骸を丁重に葬った。
ベッソスを追討しつつ中央アジア方面へ侵攻したアレクサンドロス3世は、スピタメネスを中心とするソグド人による激しい抵抗に直面。マケドニア軍はソグディアナとバクトリアにおける過酷なゲリラ戦を強いられ、将兵の士気の低下を招く。クレイトス殺害事件や近習による陰謀事件など、部下達との間に隙間が生じ始めるのもこの頃で、アレクサンドロス3世は帰順したこの地方の有力者、オクシュアルテスの娘ロクサネを妃とした。

ペルシア王国を征服したアレクサンドロス3世は次にインドへの遠征を目指す。
インダス川を越えてパンジャブ地方に侵入、ヒュダスペス河畔の戦いでパウラヴァ族の王ポロスを破り、更にインド中央部に向かおうとしたが、部下が疲労を理由にこれ以上の進軍を拒否した為、やむなくインダス川を南下して全軍を3つに分割、残存する敵対勢力を駆逐しながら紀元前323年にスーサに帰還した。
数々の戦場で危機を乗り切ったアレクサンドロス3世は神懸かった戦士であり、将兵から絶大な人気を得ていた。
その彼の暗殺首謀者の1人として司令官の1人フィロタスの名前が挙がる。フィロタスは無実を主張するが、彼の義兄弟らが拷問の末に自白した為、有罪の判決が下りフィロタスは処刑された。ちなみにアレキサンダー大王の死因は、蚊によるマラリアといわれている。



テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学


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