かんたん世界歴史人物評

世界史(中国史を除く)に登場する様々な人物を完全主観で評価。かんたんに世界の歴史人物をチェック!

 

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釈迦


Category: ネパール
釈迦 能力データ
魅力 10 / 統率力 4 / 戦闘力 1 / 政治力 2 / 知力 7

釈迦は紀元前5世紀頃、当時の二大強国マガタとコーサラの間に挟まれたネパールのカピラヴァストゥで誕生。ガウタマ・シッダールタと名づけられ釈迦族の王子として裕福な生活を送っていたが、1子ラーフラをもうけたことで29歳で出家。35歳で正覚(覚り)を開き、仏陀(覚者)となったことを成道という。
間もなく釈迦のもとへやって来た梵天の勧めに応じて自らの覚りを人々に説いて伝道してまわり、ヤシャスやプルナなどを次々と教化したが、当時有名だった事火外道(じかげどう)のウルヴェーラ・カッサパ、ナディー・カッサパ、ガヤー・カッサパを教化して、千人以上の構成員を持つようになり、一気に仏教は大教団化した。
そして王舎城に入り、ビンビサーラ王との約束を果たし教化。王はこれを喜び竹林精舎を寄進する。ほどなく釈迦のもとにシャーリプトラとマウドゥガリヤーヤナという優れた弟子が現れる。この二人は後に釈迦の高弟として前者は知恵第一、後者は神通第一と言われたが、この二人は釈迦の弟子で最初に教化された五比丘の一人であるアッサジ比丘によって釈迦の偉大さを知り、弟子250人とともに帰依した。このようにして教団の構成員は徐々に増加した為、教団の秩序を保つべく様々な戒律が設けられるようになった。

托鉢を終え、釈迦はこれが「如来のヴァイシャーリーの見納めである」と言ってバァンダガーマに移り、四諦を説いた。更にハッティ、アンバガーマ、ジャンブガーマ、ボーガガーマを経てパーヴァーに着き、ここで四大教法を説いて仏説が何であるかを明らかにし、戒定慧の三学を説いた。
仏陀入滅の後、その遺骸はマルラ族の手によって火葬された。当時、釈迦に帰依していた八大国の王達は、仏陀の遺骨仏舎利を得ようとマルラ族に遺骨の分与を乞うたが、これを拒否された。その為、遺骨の分配について争いが起きたが、ドーナバラモンの調停を得て舎利は八分され、遅れて来たマウリヤ族の代表は灰を得て灰塔を建てた(八大国=クシナーラーのマルラ族、マガダ国のアジャタシャトゥル王、ベーシャーリーのリッチャビ族、カビラヴァストフのシャーキャ族、アッラカッパのプリ族、ラーマガーマのコーリャ族、ヴェータデーバのバラモン、バーヴァーのマルラ族)。
入減後、弟子たちは亡き釈迦を慕い、残された教えと戒律に従って跡を歩もうとし、説かれた法と律とを結集した。これらが幾多の変遷を経て、今日の経典や律典として維持されてきたのである。



テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学


Comments

 
釈迦は口先だけで世界史上指折りの偉人となった人物。
釈迦と敵対していた者まで釈迦の説教を受けて弟子となったとか、
釈迦の説教を受けると皆出家してしまうから
釈迦は人々から恐れられていたというエピソードも残っています
釈迦は、あらゆる能力は低くても「魅力(カリスマ)」能力だけは、10が相応しいかと。
 
 
>ナナナナさんへ

言い得て妙ですね。
魅力を+1で10にし、統率力・戦闘力・政治力・知力を下げます。
 

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