かんたん世界歴史人物評

世界史(中国史を除く)に登場する様々な人物を完全主観で評価。かんたんに世界の歴史人物をチェック!

 

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チャンドラグプタ


Category: アフガニスタン・インド・パキスタン
チャンドラグプタ 能力データ
魅力 7 / 統率力 8 / 戦闘力 7 / 政治力 6 / 知力 6

チャンドラグプタは、古代インドのマガダ国に栄えたマウリヤ朝の初代王。
インドのカーストの中で最下位であるシュードラ、或いはバラモンに次ぐカーストであるクシャトリアの出身であるとされている。

紀元前4世紀末に北西インド地方でナンダ朝に反旗を翻して挙兵。ナンダ朝の王ダナナンダはバッサダーラ将軍を派遣して鎮圧に向かわせたがチャンドラグプタはこれを撃破し、首都パータリプトラを占領してダナナンダを殺害、ナンダ朝を滅ぼし新たにマウリヤ朝を創設した。この挙兵には思想家カウティリヤが深く関与したと言われている。
インダス川を越えてセレウコス朝の創始者セレウコス1世が北西インドに侵入した際には、60万の軍勢でセレウコス1 世を圧倒し、セレウコス1世はインド方面の占領を断念。チャンドラグプタはセレウコス1世との協定においてアリア、アラコシア、ゲドロシア、パロパミソスの4州を獲得し、セレウコス1世の娘を息子ビンドゥサーラの妃として迎えた。一方、セレウコス1世には答礼として象500頭が贈られた。こうしてチャンドラグプタはガンジス川流域とインダス川流域、更に中央インドの一部を含むインド史上空前の巨大帝国を形成したのである。

チャンドラグプタの支配は強権的であったといわれ、王位を得ると異国人から解放した人々を自身の奴隷にした。宮殿は尚武の気風で満ち、側近中の側近カウティリヤが「インドのマキャヴェリ」と呼ばれるほどの冷徹な思想家であったことも含め、チャンドラグプタが当時恐ろしい王として見られていた可能性は高い。尚、暗殺を恐れて毎晩寝所を変えていたという逸話がメガステネスによって残されている。
チャンドラグプタは晩年ジャイナ教を厚く信仰し、退位して出家しジャイナ教の聖人バドラバーフの弟子となり、出家後の名はプラバーカンドラとした。バドラバーフの下で苦行に打ち込んだチャンドラグプタは最後は絶食して餓死したとされている。尚、彼の死後は息子のビンドゥサーラが王位を継いだ。



テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学


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