かんたん世界歴史人物評

世界史(中国史を除く)に登場する様々な人物を完全主観で評価。かんたんに世界の歴史人物をチェック!

 

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クロムウェル


Category: アイルランド・イギリス・フランス
クロムウェル 能力データ
魅力 6 / 統率力 7 / 戦闘力 4 / 政治力 5 / 知力 6

17世紀のイギリスは国王派と議会派に分かれて争っていた。ピューリタン革命の幕開けである。
この時の議会派の重鎮クロムウェルは、規律・禁酒・敬神をモットーに2万2千の兵に厳格一途の訓練を施して国王軍に鉄騎隊と恐れられていた。1645年6月14日のネースビーでの対決は議会派の圧倒的勝利に終わり、国王チャールズ1世は捕虜となる。議会は更に長老派と独立派、そして水平派に分裂、そのどさくさに紛れて王はワイト島に脱出した。王に味方するスコットランドはイギリス侵略軍を送るが、クロムウェルはこれを撃破。再び王を捕らえて下院に押し入り、王党派と長老派の議員を一掃した。

ピューリタン革命はチャールズ1世の処刑で最高潮に達し、1649年に君主制は廃止され、イギリス史上初めて共和国が出現。その後もクロムウェルは水平派や国王派などの反乱を徹底的にたたき潰していった。王の遺児チャールズはオランダで即位し、スコットランドとアイルランドを味方にして反乱を起こしたが、クロムウェルは反動の拠点アイルランドとスコットランドを次々に制圧。更に1651年にイギリスに攻め入るチャールズの軍を破った。クロムウェルはロンドンに華々しく凱旋し、軍幹部は司令官クロムウェルに一切の権力を譲るとして議会を解散させる。事実上のクーデターである。そしてクロムウェルは護国卿の地位についた。
1657年、議会で彼を王にという提案が出たが、軍隊の反対にあってクロムウェルはこれを拒否。1658年、風邪をこじらせて59歳で世を去った。彼の遺体は聖堂に葬られたが、後にあばかれてさらし首にされたという。

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テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学

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