かんたん世界歴史人物評

世界史(中国史を除く)に登場する様々な人物を完全主観で評価。かんたんに世界の歴史人物をチェック!

 

スポンサーサイト


Category: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

フランシス・ドレーク


Category: アイルランド・イギリス・フランス
フランシス・ドレーク 能力データ
魅力 6 / 統率力 7 / 戦闘力 5 / 政治力 4 / 知力 4

16世紀、旧教大国スペインと新教国イングランドは、世界の海の支配を巡って対決していた。海賊の頭目フランシス・ドレークはカリブ海で度々スペイン船を襲撃し、スペイン王フェリーペ二世を怒らせていた。フランシス・ドレーク等は帰国すると英雄呼ばわりされ、戦利品を女王エリザベス一世と分け合った。
1577年、女王が内密裡に与えた小舟4隻を従え、プリマス港を出帆したフランシス・ドレークは、途中でスペイン船を遅いつつアメリカ西岸をサンフランシスコに北上、西に航路を転じてフィリピンからジャワ、インド洋を横断してアフリカに達し、南下して喜望峰を迂回して大西洋を北上し、三年ぶりに帰国。持ち帰った略奪品は60万ポンドにおよび、女王は彼にナイトの称号を与えた。
1587年、スペインはイングランドに宣戦布告し、史上かつてない大艦隊を準備した。フランシス・ドレークは無敵艦隊が強力になる前に打破しようと女王に下付された艦隊三十隻を率いて出港し、カディス港に停泊するスペイン艦船ことごとくに放火して離れた。1588年、姿を現したスペイン無敵艦隊は127隻。対するイギリスは82隻でまともに戦えば勝ち目は無いが、戦術で上回ったイギリス艦隊が勝利し、フランシス・ドレークは散り散りになった無敵艦隊を雄々しく追撃した。

1595年、親戚のジョン・ホーキンズと共にプエルト・リコ島を通過中のスペイン船団を襲うが攻めあぐね、1596年に前年に斃れたホーキンズと同じ赤痢でフランシス・ドレークも斃れた。

スポンサーサイト

テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学

エドワード黒太子


Category: アイルランド・イギリス・フランス
エドワード黒太子 能力データ
魅力 7 / 統率力 8 / 戦闘力 7 / 政治力 5 / 知力 6

獅子心王リチャード1世と並びイングランド騎士道の華と讃えられるエドワード黒太子は、英雄王エドワード3世の長子として誕生。フランスとの百年戦争にわずか16歳で父王に従って出陣。イングランド軍の一翼を任され、1346年クレシーの戦いでフランス軍を壊滅させ、1356年には総司令官としてポワティエで再びフランス軍を撃滅、フランス王ジャン2世を捕虜にする大勝利をあげた。この時、捕虜にした敵王ジャン2世に対して臣従の礼をもって遇し、騎士道の鑑として有名を一層高めた。

この後、エドワード黒太子はフランスのアキテーヌ地方の当地を任せられ、1367年にはスペインの内紛に乗じて大軍を率いピレネーを越えて侵入、ナヴァレッタの戦いで敵を粉砕した。しかしこの頃から病にかかり引き揚げざるをえなくなるものの、また勃発したフランス軍との戦いで占領したリモージュ住民を無差別に殺傷したことから残虐な支配者としての悪評を受け、自らの経歴に汚点を残す結果となる。その後益々病が悪化した為、帰国。だが混乱の渦中にあったイングランドの政情を黙視出来ずに病をおして国政改革に奮闘したが、実現を見ることなく父王に一年先立ち死亡。

テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学

02 2011
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 - - - - -

01

03


 
プロフィール

ただの世界史好き

Author:ただの世界史好き
かんたん世界歴史人物評は管理人の主観による人物伝です。中国史は別サイトを見ていただくとして、それ以外の世界の歴史人物を出来るだけ沢山採り上げていきます。

 
世界歴史人物人気トップ10
 
 
 
 


Archive   RSS   Login

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。