かんたん世界歴史人物評

世界史(中国史を除く)に登場する様々な人物を完全主観で評価。かんたんに世界の歴史人物をチェック!

 

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シモン・ボリバル


Category: エクアドル・コロンビア・ベネズエラ
シモン・ボリバル 能力データ
魅力 7 / 統率力 6 / 戦闘力 5 / 政治力 4 / 知力 6

シモン・ボリバルはベネズエラ、カラカスの富裕な入植者の家に生まれたが、1808年の仏西戦争開始をベネズエラ独立の好機と見て独立戦争を開始。同志であるフランシスコ・デ・ミランダらと独立、知事となるが、反革命勢力によって挫折。翌年のニュー・グラナダ(現在のコロンビア)の解放軍に入り、有名な「カルタヘハ回想録」を書いた。
やがてニュー・グラナダの解放軍を掌握すると、カラカスに解放者として凱旋したが、翌年再び反革命軍によってベネズエラはおろかニュー・グラナダからも追い出され、ジャマイカへ逃れる。だがハイチで解放軍を編成すると、その翌年の二度ベネズエラへ上陸するも1万4千のスペイン軍が守る内陸部へは侵攻出来ず。そこでオリノコ川を遡って内陸部に侵入し、アンゴストゥラ(現在のシウダッド・ボリバル)に基地を築いてここをのちの大コロンビアの首都とした。そしてアンデスを越えて手薄なニュー・グラナダへ侵入、ボヤカの戦闘でスペイン軍に勝利を収めて解放。コロンビア、ベネズエラ、エクアドルを合同した大コロンビア共和国の建国を宣言。

その後、自ら指揮したカラボボの戦闘でベネズエラを、盟友のアントニオ・ホセ・ド・スクレ率いるピチンチャの戦闘ではエクアドルをそれぞれ解放し、シモン・ボリバルは大コロンビア共和国の大統領となった。以後は革命の南下に伴い、アルゼンチンやペルーの解放に対し、スクレらとともに手を貸し、北ペルーは今日ではボリバルにちなんでボリビア(ボリバルの国)と呼ばれている。
但し、独立までは団結出来たこれら勢力もその後は結束が乱れ、失意のうちにボリバルは引退。結核でこの世を去った。

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テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学

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