かんたん世界歴史人物評

世界史(中国史を除く)に登場する様々な人物を完全主観で評価。かんたんに世界の歴史人物をチェック!

 

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ホルエムヘブ


Category: エジプト・サウジアラビア
ホルエムヘブ 能力データ
魅力 7 / 統率力 7 / 戦闘力 5 / 政治力 7 / 知力 7

「ホルス神は歓喜する」を意味する名をもつホルエムヘブは、古代エジプト第18王朝最後のファラオで。アメンホテプ3世の時代から王家に仕えた軍人であり、ツタンカーメンの時代には将軍の地位にあった。
紀元前1323年、高齢だったアイの死後にアイが後継者に指名していた軍司令長官のナクトミンを打倒し、ホルエムヘブが即位。王女ムトノメジットを娶っていた為、王朝の継続性は維持される。即位後は軍人出身者を神官に任命、王朝中期以来ファラオの権力を脅かしていたアメン神官団を統制下に置くことでファラオの権力を回復する。 自らをアメンホテプ3世の後継者として位置付け、アクエンアテン以降四代の王の存在を抹殺、これら諸王の業績を自らのものとしているが、アマルナ諸王特にアクエンアテンの評判が悪かった為か、特に非難を受けることもなかった。関係が良好であったアイの事跡をも抹消している理由は不明だが、ナクトミンを重用したことに対する反感、簒奪者としての汚名から友人であった彼を守るためと二つの理由が考えられる。

アマルナ時代以前の旧制への復帰を図り、優秀な腹心であり親友でもある軍司令官パ・ラメス(ラムセス1世)の補佐を受け腐敗しきっていた政界、官界及び軍隊を改革、大きな成果を挙げる。統治は悪徳に厳罰をもって臨む厳格なものであったが、民衆からは支持された。
即位した時既に高齢で子には恵まれなかった為、遺言によりパ・ラメスがファラオとして即位。ホムエルヘブは王家の谷のKV57に埋葬され、彼の死をもって第18王朝は終焉したとみなされる。

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テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学

ハーリド・イブン・アル・ワリード


Category: エジプト・サウジアラビア
ハーリド・イブン・アル・ワリード 能力データ
魅力 7 / 統率力 8 / 戦闘力 7 / 政治力 2 / 知力 5

ハーリド・イブン・アル・ワリードは「アッラーの剣」という異名で知られるイスラム初期の正統カリフ時代の武将で、リッダ戦争とシリア征服戦の指揮官。
元はメッカのクライシュ族に従う騎兵隊長であり初期のイスラム軍との戦いにも従軍している。625年のウフドの戦いでは200の騎兵を率いてイスラム軍の背後を突き、ムハンマドを負傷させることにも成功。しかしクライシュ族とムハンマドの間にフダイビーヤの和議が成立するとメッカ市内にもイスラムの教えが広まり、ハーリド・イブン・アル・ワリードもこの時に改宗した。

ムハンマドがアラブ世界を統一・膨張すると、イスラムはササン朝ペルシアや東ローマ帝国と争うようになる。ムハンマドは息子サイイドを司令官とする軍勢をシリアへ派遣したが、時の東ローマ軍の待ち伏せ攻撃にあい、イスラム軍は敗北、サイイドは戦死してしまう。この時に機転を働かせて潰走するイスラム軍をまとめ上げ、無事に撤退させた(ムウタの戦い)。ムハンマドはハーリド・イブン・アル・ワリードの活躍に感激して「アッラーの剣」と褒め称えた。
ムハンマド死後は初代カリフ、アブー・バクルに軍権を預けられ、イスラム帝国の大躍進を支える。がしかし、アブー・バクルがカリフ就任から僅か2年で没すると、2代目カリフ、ウマル・イブン・ハッターブからはその突出した軍事的才能を警戒され、後に更迭されている。

テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学

トトメス3世


Category: エジプト・サウジアラビア
トトメス3世 能力データ
魅力 7 / 統率力 8 / 戦闘力 6 / 政治力 4 / 知力 6

トトメス3世は古代エジプト第18王朝6代目のファラオ。トトメス2世の子で、名の意味は「トート神の造りしもの」。
父王トトメス2世によって後継者に指名されていたが、幼くして父王が亡くなった為に継母ハトシェプストが即位、全権を掌握することになる。治世の前半は、ハトシェプストの補佐という形でしか政治を行えず、大半の時間を軍隊で過ごした。この時期の経験から高い軍事的能力を身につけ、ハトシェプストの退位後となる治世の後半はハトシェプスト時代の外交を改めて周辺諸国に遠征し、国威を回復。エジプト史上最大の帝国を築いた。ことにメギドの戦いでの大勝は名高く、その積極的な外征と軍事的偉業から「エジプトのナポレオン」と呼ばれることも多い。
実権を掌握してからはハトシェプストの存在を抹殺しており、ハトシェプストの名前や肖像を軒並み削り取った。

テーマ : 歴史小説    ジャンル : 小説・文学

ラムセス2世


Category: エジプト・サウジアラビア
ラムセス2世 能力データ
魅力 8 / 統率力 7 / 戦闘力 7 / 政治力 6 / 知力 6

ラムセス2世(ラムセス大王)は古代エジプト第19王朝のファラオで、24歳で即位し66年間統治、90歳で没した。その治世においてエジプトはリビア・ヌビア・パレスチナに勢力を伸張し、繁栄した。その間、第1王妃ネフェルタリの他、何人もの王妃や側室との間に、賢者として名高いカエムワセト、後継者となるメルエンプタハをはじめ非常に多くの子(111人の息子と69人の娘)をもうけたと伝えられる。

紀元前1286年、カデシュの戦いに自ら親征し、ヒッタイト王ムワタリと戦った。エジプトは偽情報に踊らされた結果、有力な軍団を壊滅させられるなど苦戦しつつもラムセス2世の武勇によって勝利を収めたが、ヒッタイト勢力をパレスチナから駆逐するには到らなかった。両者ともに相手を退けるに到らず、長年戦争を続けた後にラムセス2世の第21年、エジプトとヒッタイトは平和条約を結んで休戦し、ラムセス2世はヒッタイト王女を王妃に迎えた。これは世界史で最初の平和条約と呼ばれる。ラムセス2世はまた、ナイル第1滝を越えてヌビアに遠征。この際に戦勝の記念碑を多く築き、現在最も記念碑の多く残るファラオとなっている。ヌビアは後にエジプトに同化され、本家エジプトの衰退を救う形で王朝を立てることになる。

20世紀後半になって、ラムセス2世のミイラは劣化防止措置を受けるためフランスへ出国し、儀仗兵が捧げ銃を行う国王への礼をもって迎えられた。この時には生きているエジプト人の扱いでパスポートも支給され、職業の欄には「ファラオ」と記入されていたというエピソードも伝わっており、偉大なるファラオへ寄せるエジプト人の敬意の深さがうかがえる。ラムセス2世はアブ・シンベル神殿、カルナック神殿、ラムセス2世葬祭殿(ラムセウム)等多数の建造物を残した。

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